子育てcafe

妊娠、出産から育児に関することまで、ママたちに役立つ情報を発信していきます。悩みや不安を抱えるママたちが、ホッと一息つけるcafeのような場所になればと思います。

【毒親回顧録】久しぶりの再会

手術をすることに

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前回からの続きです。

 

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腎臓の病気で入退院を繰り返していた私。新卒で入社した会社も、数日から数週間行ってはまた入院という状態になってしまっていました。

 

そして、再発の原因を把握するためにいくつもの検査をした結果、手術をすることになってしまいました。お医者さんに、手術のことを伝えるために家族を呼ぶように言われます。私は成人もしているし家族への説明は要らないと言ったのですが、家族には説明を聞いてもらった方が良いと説得されました。私にとって「家族」は「家族」でないんだけどな・・・と思いました。

 

久しぶりに会った母

私は仕方なく母に連絡し来てもらうことにしました。母はこの時も心配するでもなく散々悪態をついてきました。

 

病院で説明を聞く母は、神妙な面持ちで娘を心配する親を演じ切っていました。しかし、病室に一緒についてきた母はイライラを抑えきれなくなったのか罵詈雑言を浴びせてきました。といっても病院なので実家にいた頃のようなヒステリックな金切り声は出せず、かなりの小声でした。

 

「大学まで出してやったのにまともに仕事もせずになんなの!?恥ずかしい!あんたにいくら金使えばいいの!?いい加減にしてよ!あんたの病気なんてしったこっちゃない!」と小声ながらまくし立ててきました。

 

久しぶりに会った母は、やはり私を嫌な気持ちにさせました。

 

 

【毒親回顧録】入院

初めての入院

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大学卒業間近のことです。40度以上の発熱と身体の痛みに襲われベッドから動けなくなってしまいました。彼氏に病院に連れて行ってもらい、私はそのまま入院することになりました。

 

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命にかかわるような病気ではなく、一週間ほどで退院できたのですが、入院中彼氏は毎日のようにお見舞いに来てくれました。両親とのことをいろいろ言われるようになり、少し彼氏を疎ましく思い始めていたのですが、心身共に弱っている時に献身的に看病してくれる彼氏の存在をとてもありがたく感じました。

 

初めての大きな病気、入院で心細く思っている私を察して、彼氏は優しく接してくれました。私にこんなに親身になってくれる人は祖母以外では初めてでした。

 

しかし、退院後すぐに再発して再入院。私はそこから入退院を繰り返し、数ヶ月の間に5回入院することになります。ちょうど大学卒業、社会人としての新生活スタートという大事な時期だったので、精神的にも落ち込みました。

 

お見舞いには来ない両親

私は、入院費を自分では払えず、母に入院したことと入院費のことをメールで伝えました。お金を出してもらえることになりましたが、母からのメールの返信には思い出したくもないようなひどい言葉がたくさん綴られていました。

 

私の入院中、両親がお見舞いにくることはありませんでした。私としても来られても困りますが・・・。ただ、彼氏は、私の親がお見舞いにこないことで何かを感じたようでした。

 

次回に続きます。

 

【毒親回顧録】どんな親でも大切にしなければいけない?

ショックな言葉

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「どんなに酷いことをされても親は親だよ?大切にしなきゃダメだよ?」と彼氏に言われてしまった私。

 

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そういう考えを持っている人がいることももちろん理解できます。しかし、「彼とは価値観が合わないんだろうな」と思った瞬間でした。

 

 

私は、なんと言われようと両親に対する気持ちは変わらないし、両親の話はこれ以上したくないと伝えました。そんな私に彼は「いつまでもそんな反抗期みたいなこと言ってるの恥ずかしいよ?」と今でも忘れられない言葉を発したのです。

 

価値観が合わない

家族に愛されて育ち家族が大好きな彼とは、最初から合うはずがなかったのかもしれません。ただ、両親にされてきたことを詳細に語らなかった私もいけなかったと思います。語っていたら、彼にももう少し理解されたかもしれません。

 

私は、どんな親であっても大切にしなければならないとはどうしても思えません。反抗期をこじらせて両親に嫌悪感を抱いているわけでもありません。

 

しかし、彼はことあるごとに、両親とは仲良くした方がいい、両親に歩みよった方がいい、ということを説くようになりました。私はそんな彼に少しうんざりするようになってしまたのです。

 

そんな時、私が腎臓の病気で入院することになりました。

次回に続きます。

【毒親回顧録】初めての彼氏

彼氏ができた

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大学時代にできた初めての彼氏は、とても真面目で優しい人でした。男性と交際することに恐怖心を抱いていた私を受け止めてくれる、懐の深い人でした。

 

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 彼は家族と仲が良く、会話の中にも両親の話がよく出てきました。私はほほえましく聞いていたのですが、彼は家族のことを全然話さない私に疑問を抱いたようで「○○の家族の話も聞かせてよ!」と言ってきました。私は「ついにきたか・・・」とドギマギしてしまい、「両親とはあまり仲が良くないんだよね・・・」と答えるのが精いっぱいでした。

 

彼氏とのやりとり

その頃の私は、一人暮らしを始めたことで両親に会わなくてよくなり、自由を謳歌しながら両親のことはなるべく考えないように生活していました。それなのに、その時の彼氏との会話をきかっけに両親のことを頻繁に考えるようになってしまいました。彼氏と楽しくお喋りしていても、また両親のことを聞かれるんじゃないかと憂鬱な気持ちになることもありました。

 

実際、彼氏は「○○の両親ってどんな人なの?仲が悪いってなんで?」とちょくちょく聞いてきました。私は、「両親には嫌なことをされて良い思い出がないから両親のことは話したくない」と打ち明けました。すると彼は引き下がらず「嫌なことって?」「虐待ってこと?」と矢継ぎ早に質問してきます。

 

両親にされたことを事細かに説明したら、彼はきっとドン引きして私から離れていってしまう、そう思いました。なので、「手をあげられたり、暴言を吐かれたりかな・・・」と大雑把な返答をしました。

 

彼は「ふ~ん」と少し考えてから「でも、酷いことされたって親は親だよ?大切にしなきゃダメだよ」と言いました。

この言葉は、私に大きなショックを与えました。

【毒親回顧録】お母さんなんて呼ばないで

親の呼び名

私は、両親のことを「お父さん」「お母さん」と呼んだことがありません。「パパ」「ママ」もありません。私にとって両親は、幼い頃から話しかけるのすらためらわれる存在だったのです。どうしても話しかけなけらばならない時は、「あのー・・・」「すみません・・・」などと他人行儀に話しかけていました。

 

「お母さん」に対する返事

ただ、幼稚園生の時に一度だけ母親に「お母さん」と話しかけたことがありました。私としてはかなり勇気を出して発した言葉でした。しかし、母は私の話を聞くことなく私をじろりと睨み、「お母さんなんて呼ばないでよ気持ち悪い」と言ってのけました。

 

「あぁ、この人は私の母親でいたくないんだ、もう話しかけるのはやめよう」そう思いました。

 

人生で最初で最後の「お父さん」「お母さん」

 結婚式での両親への手紙は、ネットで見つけた例文をそのまま読み上げました。

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 当たり障りのない、誰にでも通用するような内容のものを選んだのですが、一番困ったのは冒頭の呼びかけや文中に出てくる「お父さん」「お母さん」という言葉です。

 

実際には呼んだことがないのに大勢の前で、「お父さん」「お母さん」と言わなけらばならないのです。手紙を書いている時も、当日読み上げている時も嫌悪感でいっぱいになりました。両親も望んでいないように、私も両親を「お父さん」「お母さん」などと呼びたくないのだと改めて感じました。

 

私にとって「お父さん」「お母さん」は今や義両親のことを言います。実親のことを「お父さん」「お母さん」などと呼ぶことは一生ないでしょう。

 

 

【毒親回顧録】毒父の学歴コンプレックス

医者一家に育った父親

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父は医者一家に育ったと聞いています。聞いたと言っても父本人からではなく、同居していた母方の祖母から聞いた話です。祖母によると、父の父や祖父、父の兄弟は医者なのだそうです。

 

しかし、私は、そんな父の家族には一度も会ったことがありません。父から父の実家の家族のことを聞いたこともなく、家族構成も知らなければ父がどこでどのように育ったのかも知りません。

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ただ、母方の祖母が父の家族のことを知っていたということは、父は母には家族のことを話していたのでしょう。両親は仲が悪く、いがみ合っているところしか見たことがないので、そんな話をしていたのかと思うと不思議な気持ちになります。

 

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学歴コンプレックス

私の父は医者ではなく薬剤師でした。医学部に合格できずに薬学部に進んだと祖母から聞きました。

 

私が勉強のことで父からいろいろ言われているのを知った祖母は、家族の中で自分だけが医者になれなかった父は、コンプレックスを抱いているのではないか、それで私に辛くあたってしまうのではないか、というようなことを言っていました。

 

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確かに、父が学歴コンプレックスを抱いていると考えると、合点がいく点がたくさんありました。父は、私の成績が良くない時はまるで喜ぶかのような口調で私を罵ってきました。逆に私が良い成績を取ると「バカ学校で1位を取ったってどうしようもない」とイライラした口調になっていました。父は私を見下し罵声を浴びせることで、自分の中のコンプレックスを解消させようとしていたのかもしれません。

 

文系だった私はそれだけで父にクズ扱いされ、いかに理系が素晴らしく、文系はこの世に不要なのかを散々説かれました。医者にはなれなくても、理系の道に進んでいる自分はそれだけも立派なんだと言いたかったのかもしれません。父が自分自身に、自分はすごいのだと言い聞かせたかったのもあるのではないかと今は思います。

 

もしかしたら、父も勉強や進学先のことで自分の両親からいろいろ辛いことを言われたのかもしれません。そのせいもあって父方の親戚とは付き合いが全くないのかもしれないとも思います。父もかわいそうな人なのかもしれませんが、これまで私がされてきたことを思うと同情する気も許す気も全く持てません。

【毒親回顧録】親戚付き合い

親戚付き合いはほとんどなし

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私は、幼い頃から親戚付き合いというものをほとんどしたことがありませんでした。母の姉の家族は車で30分程のところに住んでいたので、時々顔を合わせることはありました。といっても、数年に一回一瞬会うくらいの関係でした。母の姉の家族(私にとっては叔母やいとこたち)と一緒に食事したりでかけたりしたことはありません。

 

父方の親戚に関しては、全くの没交渉です。会ったこともありませんし、父の両親が存命なのかも知りません。父の兄弟構成も知りません。

 

夫家族との距離感

そんな環境で育ったので、夫の両親や姉家族たちとの付き合い方に初めは戸惑いを隠せませんでした。夫は、私とは違い、親戚付き合いを重んじる環境で育ったようです。普通のことかもしれませんが、私は、夫の家族がお正月やお盆などの度に集まり大勢で食事をするというのに驚いてしまいました。

 

義両親が頻繁に近況報告をメールや電話でしてくれるのも、最初は慣れずに距離感の詰め方に悩んでしまったこともあります。しかし、義両親たちと会ったり連絡を取ったりするのは苦ではありません。むしろ、私を家族として受け入れてくれていることを実感でき嬉しく感じています。

 

私たちの住まいは関東、夫の実家は関西なのですが、今では長期休みの度に2泊させてもらうのを私も娘も楽しみにしています。メールや電話も自分からちょくちょくするようになりました。今年の夏休みはコロナの影響で帰省できていないのですが、会えないことを残念がってくれる義両親を、これからも大切にしていきたいと思います。